3種類の喜び(バガヴァッド・ギーターより)

ヨガの目的は「心の働きを止滅させること」で、この状態になった時に本当の自分を知ることができると言われ、


変わらないもの(本当の自分、観るもの)であるプルシャと
変化し続けるもの(仮の自分、観られるもの)であるプラクリティ

 
このふたつを識別していきます(心の働きがあるうちはこのふたつが混同している)。

 

プラクリティはラジャス、タマス、サットヴァの3つの性質であるトリグナ(トリ=3つ、グナ=性質)から構成されています。それぞれの性質を一言で言い表すと



トリグナ
ラジャス:動性
タマス:停滞性
サットヴァ:純粋性


バガヴァッド・ギーターの中では、私たちが感じる「喜び」についてこの3つに当てはめて書かれています。

 

 

例をあげながら簡単に言うと…

 

ラジャシックな喜び

すごく幸せ!な喜びから始まるけれど、最後は苦しみになってしまう。


美味しくて嬉してうっかり食べ過ぎ、後でお腹が苦しくなったり気持ちわるくなる。

 

・タマシックな喜び

妄想的な喜びを感じるけれど、結局は苦しみに終わる。


ドラッグ気持ちいい、でもその気持ち良さ(喜び)は麻痺した感覚から来ているもの、そして止められずに苦しむ。

人のうわさ話をしたり悪口を言う、憎しみの感情を頂くこともタマシックな喜び。

 

・サトヴィックな喜び

最初は苦しいけれど次第に喜びに変わる(自分の浄化につながる)


ヨガするの面倒くさいなーしんどいなー

でも、とりあえずやる!

心も体も落ち着いた、やって良かった。
(ヨガをしたことがある人は経験しているはず…!)

 

サトヴィックな喜びは始めから喜びではないし、最後に喜びが来るのかわからない。
それが不安をもたらすかもしれないけれど日々淡々と目の前にあることを続ける。

 

地味といえば地味で、進んで選びたい喜びではないかもしれません。

 

でも、打ち上げ花火的な喜び(ラジャシックな喜び)や自分が正常でない時に感じる喜び(タマシックな喜び)をよーく考えてみた時に心からの喜びと言えるのか?

 

パーッと楽しい!嬉しい!のは悪いことではないけれど、長い目で見たら静かな喜びの方が質が良いと感じる今日この頃。自分が感じた喜びは3つのうちどれなのか、振り返ってみるのも良いかもしれません。

 

ヨガの練習はサトヴィックな喜びを感じられる助けになるはず。

 

そう思うと細く長くヨガを続けたいなと感じます 🙂

 

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ABOUTこの記事をかいた人

オーストラリア・ブリスベン在住、東京都出身。在豪歴延べ15年(パース・シドニー・ブリスベン)。日豪での会社員生活からヨガティーチャーに転身。ヨガクラスをする他は、ヨガアプリ「Down Dog」の日本語音声&翻訳、「ヨガジャーナルオンライン」のライターとしても活動。オカメインコと庭のニワトリとも楽しく暮らすオーストラリア生活を送っています。